Friday, March 07, 2008

話すことの限定性

今回のブログでは、圧縮された時間から見えてくるエッセンス、限定された時間で話すということについて書いてみたい。

私が過去属していたビジネス・ソリューションといわれる分野では、多忙な人間=社長などのトップ・マネジメントに、限られた時間内で、自分達が伝えたいことをいかに伝えるかということの試行錯誤が様々な手法(エレベーター・トークなど)を創造した。しかし、それらの手法をいかに駆使しても、あのApple 社の暫定CEO・Steave Jobsのようなプレゼンテーションの達人の領域にどうしても到達できない。何故か。勿論持って生まれたものだから仕方が無いといってしまえば、議論はそこで終わってしまう。Jobsのプレゼンスタイルを見ていると、1つひとつの新しいプロダクトやサービスに関しては、実に簡潔に、そして短時間で自分の言いたいことを述べていることが分かる。「1つのプレゼンテーション=1つのプロダクトやサービス」が複合的にリンクされることで、彼自身の1時間以上におよぶトータルプレゼンは、聞き手に優しく(シンプルに)構成されていると考えるのが妥当だ。つまり、圧縮された時間をパズルのように組み合わせて、Jobsは巧みに聴衆を自分のペースへ引き込んでいくのである。それはビジネスプレゼンに限られたことではなく、彼のスピーチにもその「話すことの限定性」から醸成される力を感じる。特に有名な彼のスピーチ:2005年サマータイムのStanford Univ.での卒業式でのものなどは世界を駆け巡った。その中でも私が好きなな一説は、"Your Time is limited, so don’t waste it living someone else’s life."(by Steve Jobs)これを簡単に訳すと、「君たちの時間は限られている。その時間を、他の誰かの人生を生きることで無駄遣いしてはいけない」。彼のこのような切れ味の鋭い、ポジティブな言説は、聴く者を飽きさせず、その場に一瞬の清涼感さえ漂わせる。


では時間を圧縮すると、表現したいことの核心が見えてくるのか?これに答えてくれる「場」がアメリカにはある。アメリカのカリフォルニア州モントレーで年1回、学術、エンターテイメント、デザインなど多様な分野の人物が講演を行なう会を主催しているグループ、TEDのことを皆さんはご存知だろうか?ここのウェブサイトを見て貰えば分かるのだが、各界の著名人が10分程度のプレゼンテーションで、最新の研究や究極の本質論のエッセンスを濃密な時間の中で説明するスタイルをプレゼンテーターに要求していることが分かるだろう。英語初心者で無い私でも、大変早口な英語のため、細部まで理解するのはなかなか骨が折れる。しかしスピーカーが極限の時間で説明しようと試みることから、何が大切か=スピーカーのエッセンスがストレートに聴衆の耳に入ってくる。10分という時間でどこまで説明できるか、この火事場の馬鹿力のようなトークの迫力に、私のこのブログのメインテーマ"Think-Write"の対の言葉である"Think-Talk"に相通じるコミュニケーションの持つ凄みを感じ取った。凄みと表現したが、話すことの影響力と言い換えても良いかもしれない。

私は仕事上過去から現在に至るまで、プレゼンテーション、シンポジウムや様々なビジネス・ミーティングの場に話し手としても、聞き手としても、参加することが多くある。自分の話しっぷりも含めての反省なのだが、議論などに熱中すると話が長くなる傾向にある。これでは、受け手のモチベーションもどんどん下がるし、折角意義ある議論をしていても、結局打ち合わせが終わると頭に残っていないという事態に陥る。もちろん、全てのプレゼンや、会議での話を10分で纏めるべきといっているわけではない。限定された時間の中にこそ、話し手の伝えるべき核心が網羅され、受け手に伝わり易くなるのではないかという意味。

今までの議論を踏まえて、今回紹介するNYのMoMA(現代美術館)のキュレーター・Paola AntonelliのTED Talksを聞いてみると、その核心部分が少しだけ明確になってくる。彼女はキュレーターという職業柄、現代アートという他者に伝えることが困難に思われる作品でも、短時間で簡潔に伝える術を心得ている。今回ご紹介する彼女のTED Talksでも現代アートの様々な作品を、小気味良く聴衆に伝えている。彼女のプレゼンに耳を傾けると、以前何かの本に書いてあった現代アートにおけるデザインというのは機能性(Functionality)と言霊(Message)の融合であるというセンテンスが想い起こされる。いかに難解な作品であっても、Creative(=創造的で)でRemarkable(=他者に話したくなる、話す価値がある)な作品エッセンスを言葉化することで、コンパクトで誰にでも分かり易い表現が創造される。この彼女のスタイルにこそ、様々な職種の人々が自分「ならでは」の表現を作り出す = Creativityを磨くためのヒントが多く隠されているように感じるのだ。皆さんも彼女の言葉に耳を傾けてみてはどうだろう。

3 comments:

ショコラパウダー said...

日本人が太刀打ちできない、アメリカ人のプレゼンのうまさの一因として、アメリカでは低学年から学校で「ディベート」の授業があり幼い頃から議論の技術を叩きこまれる、といった事を聞いた事があるのですが、そういった訓練の成果が紛れも無く関係しているのではないでしょうか。

翻って、日本では「沈黙こそ金なり」のような考え方や、「その他大勢の他者に同調している方が生きやすい」といった、日本人的な思考がいまだ根強く、プレゼンや議論の技術においては、初心者もいいとこで、技術の向上なんて、夢のまた夢ではないか?などと思ってしまいます。

それにしても、MoMAのキュレーターの方のプレゼン。英語はゆっくり、しかも日本人に話しかけることを前提として話しかけて貰わないと理解できない段階の私の英語力ではありますが、なにか、伝えようとする意気込みのようなパワー、人が人に何かを一生懸命伝えようとする姿の崇高さを感じさせてくれました。

「アート」と「言葉」。どちらも他者へ向かった表現法に違いはありませんが、「言葉」は日ごろ無意識に、ともするとぞんざいに扱いがち。でも、それだからこそ、本当は、一枚のカンバスなど限定された場所に絵を描くような気持ちで、もっと美意識をもって扱うべきものなんじゃないかと再認識させられました。

angelina said...

私にはとても難しくきちんと理解できてない部分もあると思いますが勉強になります。
時間が一番大切なものだと思っています。

YF Velocity said...

>> ショコラパウダーさん
いつもコメント有難うございます。
確かに米国では、小学生の頃から自分の意見を表現できるように、ディベートをクラスで頻繁に行います。これは、成人してから、言葉に対する真摯な態度を育成するだけでなく、自分ならではの意見・考えを他者に的確に伝える能力を育成します。この時点で、日本とアメリカの間のプレゼン能力の格差は、大変大きなモノになっているといえるでしょう。ただ、それで諦めてしまうのではなく、日本人も日頃から、ビジネス、政治、外交、文学、アートなど表現力を要求される場で、自分オリジナルの表現方法をなるべく早く身に付けていく必要性に迫られていると思いますね。

>> angelinaさん
私のブログへのコメント、いつも有難うございます。
angelinaさんが言われるように、今回のブログに私が書いたことは、特に日本人にとっては困難な課題が横たわっていると思います。だから、話すことであっても、書くことであっても、いかに限られた時間の中で、他者に対して最適なコミュニケーションを取っていけるか。それが今回のブログの本質であり、今後我々が実行していかなければならい本質的な事象であると考えています。