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Monday, February 02, 2009

Creativeな映画

インダストリアルデザインをテーマとした映画のトレイラーが公開されている。
オリジナルiPodやiMacをジョナサン・アイブ(Jonathan Ive)がデザインした時どんな化学変化が起きたのか?

Jonathan Ive inside Apple Lab

イケアのテーブルをデザインしたとき何が起こったのか?
クリエイティブの本質を思考するとき、その瞬間の出来事を映像を通して知ることができるのは、実に興味深い。



その映画とは、「具象化して形にする」(Objectified)というドキュメンタリーである。Muji、IKEA、Apple、Flip Video、BMWなど有名ブランドのデザイン思考の段階から、プロダクトが具体化していくプロセスを見せてくれる。日々目にするモノや実際に使われるモノをデザインし、それらに日常的に触れているそんな人達にとっては、目を開かれる思いがするに違いない。

この映像が、深澤直人に始まり、深澤直人に終わるという展開も見所かも。
どうも限定的な公開になりそうだが、是非機会があれば足を運んでみたい。

Saturday, December 27, 2008

極私的Cinemas Critique 2008

最近読んだ本の中で、最近の映画について面白いことが書かれていた。
その本は、私が映画や文学批評に関してのテクストに大変影響を受けている蓮實重彦の「映画論講義」。
蓮實氏のCritiqueには、切れ味、美しさ、シニカルさなど、私は彼のテクストに心地良さを感じる。


さて、この本で私が面白いと感じたのは、ヴィデオやDVDなどの反復装置が出現する前までは、その作品を二度と見れないという思いから、画面に対する集中力が映画を観る動体視力を鍛えてくれたという箇所。作品に一期一会の感覚を持って観るという行為が、その当時の映画批評を大変豊かなモノとしていたが、現在本当の意味での批評が減ってきていることを憂いているのだ。

こういう現在という背景も考慮しつつ、私が自身の動体視力で2008年に観た映画について、極、極、私的な批評を試みる。劇場、DVDやスカパーのPPVで観た数多くの作品の中で、私が印象深かったモノをピックアップしてみたい。


まずは、今年の私が観た映画の中でもっと印象深く、2008年ナンバーワンの作品かもしれない。
その作品とは、「潜水服は蝶の夢を見る」。
皆さんは題名を聞くと、何かファンタジーを予感させる作品と思うかもしれない。しかし、この作品は一人の有名ファッション誌・ELLEの名編集長が直面した病を起点とした困難、そのすさまじい孤独感・絶望感、壮絶なコミュニケーション手段の中から創造し結実した、一冊の自伝タイトルから由来している。
この作品には語るべきポイントが多くあるので、敢えてキーワード化してみたい。

究極の一人称映画/ロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)/左目以外全身不随/20万回の瞬き/スーザン・ソンタグ的隠喩としての病い/柄谷行人的内省と遡行/絶望と自己憐愍からの脱却による三人称視点の出現/異形の体験/隠喩としての鋼の潜水服/MonologueとImaginationの間で/モノローグと映像が呼応しあう音楽的編集リズム/瞬きCommunicationによる文章の紡ぎ方/現代アーティストの絵画表現による映像美

いずれにしても、この作品は間違いなくジュリアン・シュナーベル自身の最高傑作と言えるんじゃないかな。まだ観てない人、一見の価値ありですよ。


ディンゼル・ワシントン、Undergroundの凄み、実に渋い演技です。ラッセル・クロー、これまた渋い演技です。監督は言わずと知れた、リドリー・スコット。彼自身の作品で私が印象に残ってるのは、やはり「ブレード・ランナー」と「ブラック・レイン」。彼は人間の奥底に眠る狂気を撮らせたらピカイチだと思ってます。しかし最近のリドリー・スコットの映画、それほど興味を持てずにきました。そこに「American Gangstar」。これはリドリー・スコットの傑作の1つになるんじゃないかな。ちょっと上映時間が長い気もしたが、そんなことも忘れさせてくれる疾走感が、この映画の醍醐味。あの"God Father"や"Scarface"以来、私の気持ちに躍動感を感じさせた作品でした。

ここまでが、今年の私の中での2作品。
ここから、上記の作品ほどではないが、私の動体視力に残像が残っているモノを挙げてみたい。


この「ノーカントリー」は、アメリカの抱える、社会、戦争、犯罪などが複雑に絡み合った課題を浮き彫りにする。
作品のメッセージは重いが、アメリカ生活経験者の私からすると、凄くリアルに感じる。


この「Factory Girl」は、アンディ・ウォーホルの「ファクトリー」と呼ばれるスタジオに実際にいたイーディ・セジウィックの物語。アンディ・ウォーホルのミューズでもあり、 1960年代のニューヨーク・アンダーグラウンド・カルチャーの伝説のミューズと呼ばれた彼女は28歳という若さでこの世を去った。その生き急いだ彼女の人生と、アンディ・ウォーホルが当時体現していたポップ・アートの源泉をこの作品を通して読み取れたのが印象深い。特に、アンディ・ウォーホル役のガイ・ピアースが素晴らしかった。


「フローズン・タイム」は美しい作品である。本作の監督はファッション・フォトに映画的センスを盛り込み、「VOGUE」、「Numero」、「i-D」など、多数のファッション誌で活躍する写真家ショーン・エリス。この作品では、写真という「一瞬」を切り取ることが仕事である彼が、時間に対する独特の感性を映画として表現した作品。私は、このように異業種の人が撮った映画昔から好き。


ウォン・カーウァイの初の英語作品「マイ・ブルーベリー・ナイツ」。NY→Las Vegas→NYという空間を舞台とした、実にきっちり撮られたロードムービー。この作品で女優デビューを果たしたノラ・ジョーンズとジュード・ロウの間のダイアローグの洒落た雰囲気が凄く良かった。映像や語法が凄くミニマルな部分に好感が持てる。


「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」。私の大好きな女性写真家の生き様を表現した作品。写真が表現する視覚芸術に止まらず、彼女自身が歩んできたProfessionalismとは何かを探るにも適した作品だった。彼女の名前を知らなくても、彼女の撮った写真は皆さん一度は目にしてると思いますよ。


最後は、賛否両論、罵詈雑言、などなど多様な意見が飛び交った作品「クローバーフィールド」。最近スカパーのPPVでも見直したのだが、劇場で観た当初は私自身の評価は低かった。やはりこの作品のリアル感覚に関しては評価すべきだと感じ始めている。というのも、かの「ブレアウィッチ・プロジェクト」とは違う深さで、現場視線(=事象に居合わせた普通の人々が撮影した記録をそのまま映画にした)感覚を与えている所が新しい。高度情報化社会での多様なデジタル・デバイスで、事件、事故、災害を即座に撮影し、リアル・タイムで流していくコミュニケーションに対しての警告も含まれている感じもするし。

以上が今年見た作品から厳選した作品である。
その他にも、インディージョーンズ、X-File、イーグル・アイ、スパイダーウィックの謎、ハプニング、ハムナプトラ3、WALL-E、シルク、などなど多くの作品を観てきたが、ここに書こうと思わせるまでには至らなかった。

2009年も自身の動体視力を大事にしながら、多くの作品を鑑賞し、私の思考を活性化させたい。

Sunday, November 05, 2006

"Cold Blood"とカポーティ

先日久々に映画館で、心に「ズンッ」とくる映画を見た。題名は「CAPOTE」。
神戸で最も私が好きな映画館、神戸シネ・リーブルでの上映であった。



ずいぶん昔(高校生ぐらいだったか)になるが、トゥルーマン・カポーティの著作「冷血」を私は読んでいて、今回の作品はこの著作を書き上げるまでの苦悩、苦闘を実に見事に描写していた。特にカポーティ役のフィリップ・シーモア・ホフマンがカポーティ自身の喋り方までも再現し、繊細で、傷つき易い「早熟の天才」を演じきっていた。



小さな田舎町で起こった凄惨な殺人容疑者の一人とのダイアローグは、この作品の核心部分であり、容疑者とカポーティの対話一つ一つに引き込まれてしまう。ノンフィクションのメルクマール的存在「冷血」後のカポーティは、完成された作品を1つも残すことなく、最後には薬物中毒で亡くなった。映画のラストシーンではその悲しみも見事に表現され、もう言うことなし。この秀逸な作品を鑑賞される前に、私は作家が命を削って作り上げた著作「冷血」を一読しておくことをお薦めする。